菩提寺で、新年の護摩焚きが行われるという案内が目にとまって、この歳で初めて体
験することになった。
家内安全の護摩札をお願いしてはいたのだ。
別のところで、あるいは違う時季に、また異なった意図で、屋外でも大がかりに行わ
れるのを見たり加わったりしてはいた。
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これまで、こうして出来上がった護摩札を近所の世話人によって、自らの手にし仏壇
に飾って、今年一年の家内安全を願ったものだ。 ― 神棚ではなかった。
今年は、今日は、自分で家内安全の護摩札を受けてきて、飾って手を合わせた。
今年に限って、今日に当たって何だかしっくり来ない。
年頭の祈願は神社に詣で、神に念じてきたからだろう。
帰宅して、神棚に向かう二礼二拍手一礼を、何も考えずに繰り返してきたから、それ
が当たり前だと思ってきた。
寺でいただいたパンフレット。
寺で初詣で、いいのだろう。
寺で初詣もいいのだろう。
日本人らしい、神仏混淆 しんぶつこんこう だ。
和風の私の家には仏間があって、隣の部屋の頭の高さの上に、神棚がある。