仕事をしている人たちは、彼岸の墓参や焼香も、彼岸の中日には出来ずに、最も近い
日曜日になることも少なくないだろう。
親しい人たちが、一緒に集まれる日を選ぶこともあるだろう。
その人たちの顔も、逝ってしまった人たちの面影も浮かんでいることだろう。
そんなふうに、弟たちがやって来た。
朝方の薄い雲が晴れて、穏やかに暖かくなっていた。
イヌノフグリは満開
近況報告しながら、酒を酌み交わす。
兄弟でのゴルフ、家族や仕事のことも ・・・。
いやー、楽しいねー、と言いながら、横になってしまう。
苦ーい、蕗の薹を食べさせるのを忘れてしまった。
まだ、帰るなよ と父が言ったかもしれない。
まだまた、しっかりやりなさい と母が言っただろう。
そうは、聞こえなかったかい ・・・。
彼岸過ぎ、日差しは弱かったが、10℃を超えたのは4日ぶりだった。
私の気持ちも身体も、やっと春が近いと感じるようになった。
日が沈んでも、外の空気も温かく感じられた。
雲が広がったが、満ちた月がのぼってきた。
桜のない 如月の 望月
そう、さっき、それぞれの体験を話した沈丁花のことを思い出した。
香りがしたような気がした ・・・。