生い立ちがつくる母


 アケビを食べてから、なお秋を感じよう・見よう、秋を食べようなどと思っている。
 それで、ある光景が思い浮かんだのだが、具体的に何かというと、なかなか思い出せない。行き着かない。

 その横道で出合ったのが、水上勉の「アケビ」。
        母はじんべのような薄着の胸から乳房をふたつ見えて
       走ってきた。・・・ 母は、はだけた胸にふくらんだものを
イメージ 1  抱えており、私たちの所へ息をはあはあついてくると、
  乳房を見せつつ、両手で懐の中身をつかみ出した。アケ
  ビだった。母が何度もつかみ出すぐらいあった。地べた
  にいくつもこぼれた。      (『秋末の一日』)

 『雁の寺』で直木賞をとったのは、10歳からの京都の禅寺での勤行体験が生きているだろう。しかし水上勉の脳裏には、いつも若くて逞しい母の姿があったのだろう。

 慈念は襖に描かれた雁の絵を切り取り、寺から姿を消す。イメージ 2
その絵は松葉の陰で、こどもの雁に餌を含ませている母雁
の絵であった。アケビを取り出す母と、母雁が重なって見
えていたのだろう。

 『飢餓海峡』『五番町夕霧楼』『越前竹人形』『櫻守』等の作品も書いた水上勉の命日、「帰雁忌」が今日10月8日だと思っていたら、実は1ヵ月前だった。