105歳で亡くなった日野原重明さんの病院葬が営まれたことを地方紙も告げた。
参列者約4000人が、祭壇に白いカーネーションを献花する列が長く続いたと。
同じ地方紙(soon)が、日野原さんを悼んだ柳田邦
男氏のコラムを掲載している。
自らの「生と死」の問題を考える契機になった講演
を聴いたこと、先生の「死をどう生きたか」の思いを
読んだことを、「不思議な邂逅」と言った。
コラムに付いていた「言葉の美しい人」という大き
な文字の見出しがあった。柳田の思いか、紙の作業な
のか、理解でなかった。(表記に好ましくない点あり)
その邂逅の、日野原さんの話は、こうだ。
死期が迫っていると悟っているし少女から
「お母さんには心配をかけ続けで申し訳なく思っています。
よろしく伝えて下さい。」 と言われ、
「あなたはよくなるのです。」
と虚偽の慰めをし、少女の懸命な願いを拒んでしまった。
私には、こんなジレンマに陥ることはない。
長いこと拘ることもない。
いわさきちいろ絵の詩画集
柳田氏は、日野原さんの老いてきた頃について、こう言っている。
先生が思考力を衰えさせることなく、精神性の高い人生を送り
続けられたのはなぜか。
一つは、キリスト教を信仰する過程に育ったこと。
更に、多様な分野の人々と交流し知的好奇心が旺盛だったこと。
元気でミュージカルの舞台に立つ日野原さんが蘇る。
あんな歳の手前までは、元気でありたいものだ。