この世では、今夜は七夕の日の前の夜だ。
彦星の我が身の方が、逢瀬が近づくの今か今かと感じて来たのだ。
それでも、織姫のときめく心を詠んだ和歌の方が多いだろう。
( 秋の風が感じられた日から、間もなくやってくる逢瀬の日が待ち遠しい織姫
は、毎日天の川のほとりに立っているのだよ。)
新暦を生きる私たちには、七夕は夏半ばのことだが、王朝人 おうちょうびと にとっては秋のことだ。「秋の風」には、空き・飽き・厭きも感じてしまったのか、明日の逢瀬の期待よりも、届かぬ(実現しない)想いを強く感じてしまうからだろうか。
きっと、空模様のせいだ。
私はいまだに、こんな七夕の和歌にあこがれを抱ている。
なにごとも かわり果てぬる 世の中に 契りたがはぬ 星合いの空
建礼門院右京大夫(高倉天皇の中宮建礼門院平徳子に右京大夫として出仕した歌人藤原伊行の娘)が綴った、藤原隆信・平資盛との恋の歌を中心とする日記とも見える私家集の巻末に50首以上も、こんな七夕の和歌が集められている。
ああ、きっと雨模様の空のせいだ。