愛の難破船

 

 「昭和の歌」で、中森明菜が「難破船」を唄っている。

   ― 当時の映像が流れている。

 同年代の時々顔を出しているが、彼女は現在の顔を見せない。

 

 彼女は何歳だったのか、上手く歌っている。

 当時のことを覚えてはいないが、明るさがないのは彼女にぴったりだった。

 いや、薄々の記憶だ。1987年10月、加藤登紀子に曲を貰った。

 

      たかが恋なんて 忘れればいい
      泣きたいだけ 泣いたら
      目の前に違う愛がみえてくるかもしれないと
      そんな強がりを言ってみせるのは
      あなたを忘れるため
      さびしすぎて こわれそうなの
      私は愛の難破船


            折れた翼 広げたまま
            あなたの上に 落ちて行きたい
            海の底へ 沈んだなら
            泣きたいだけ 抱いてほしい

            ほかの誰かを 愛したのなら
            追いかけては 行けない
            みじめな恋つづけるより
            別れの苦しさ えらぶわ
            そんなひとことで ふりむきもせず
            別れた あの朝には
            この淋しさ 知りもしない
            私は愛の難破船折れた

 

 

          

 

 私には、中森明菜の「難破船」をあまり聞かなかったかもしれない。

 彼女が活躍していた頃、同年代の歌い手たちの歌を聞かなかったからだ。

 

 作詞作曲の加藤登紀子が唄う「難破船」の方が印象強いのは、年代も近いとか彼女の

生涯を見聞きしたとか、そう時を過ごしてきたからだろう。

 

 

           ’23 暮れの頃

 

      おろかだよと 笑われても
      あなたを追いかけ 抱きしめたい
      つむじ風に身をまかせて
      あなたを海に沈めたい

            あなたに逢えない この街を
            こん夜ひとり歩いた 誰もかれも知らんぷりで
            無口なまま 通りすぎる
            たかが恋人を なくしただけで
            何もかもが消えたわ
            ひとりぼっち 誰もいない
            私は愛の難破船

 

 春に向かっている、夜。

 私は、何も失くしてはいない。もともとの持っていなかったのか。

 恋人などなくした訳でもない。周りから消えてしまったものなどない。

 それでも一人ぼっち、 難破船そのものだ。